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名古屋地方裁判所 昭和40年(行ウ)12号 判決

名古屋市北区敷島町六番地

原告

牛田正夫

右訴訟代理人弁護士

村本勝

同市同区金作町四丁目一番地

被告

名古屋北税務署長 清水善一

右指定代理人

島村芳見

山本忠範

大須賀俊彦

中原勇

坪川勉

右当事者間の所得税課税更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告の求める裁判)

原告の昭和三六年分の所得税について、被告が昭和四〇年一月八日付をもつてなした総所得金額を五四二万四三七七円と更正した処分(但し昭和四三年二月二三日名古屋国税局長の裁決により一部取消された後の金額)のうち二四二万四三七七円を超える部分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告の求める裁判)

主文同旨の判決。

第二、主張

(請求原因)

一、原告は、名古屋市北区城見通三丁目九番外四筆の宅地(以下「本件土地」という。)を昭和三六年五月二二日訴外株式会社西川屋(以下「訴外会社」という。)に転貸し、訴外会社より六〇〇万円を受領したが、このうち三〇〇万円は権利金として、残り三〇〇万円は土地賃貸借に伴う敷金として受領したものである。

二、そこで、原告は、昭和三七年三月一五日、訴外名古屋東税務署長(以下「訴外税務署長」という。)に対し、昭和三六年分の所得税の確定申告として訴外会社よりの権利金収入を三〇〇万円として別表の確定申告額欄記載の通り申告したが、訴外税務署長は昭和三八年一〇月二九日付で別表の更正および賦課決定額欄記載の通り更正および過少申告加算税の賦課決定をなした。

三、原告は、右処分に対し、昭和三八年一一月三〇日訴外税務署長に異議申立をなしたが、訴外税務署長は昭和三九年二月二九日付で棄却の決定をし、次いで同年三月二日付で別表の再更正および賦課決定額欄記載の通り再更正および過少申告加算税の賦課決定をなした。

四、そこで、原告は、同月二七日名古屋国税局長に対し、右異議申立の棄却処分につき審査請求を、同月三一日訴外税務署長に対し、再更正処分について異議申立をなしたが、右異議申立は国税通則法八一条一項により「みなす審査請求」とされた。そして名古屋国税局長は審理の併合をなして、同年一二月二二日右審査請求を棄却する裁決をなした。

五、そして、昭和三九年七月一日名古屋東税務署の管轄する地域の一部が名古屋北税務署の管轄に入るに伴い、本件に関する権限が被告に承継されたので、被告は昭和四〇年一月八日別表の再々更正および賦課決定額欄記載の通り再々更正および過少申告加算税の賦課決定処分をなした。

六、原告は、右再々更正処分について、同年二月六日被告に異議申立をなしたが、国税通則法八〇条一項の「みなす審査請求」となり名古屋国税局長は昭和四三年二月二三日別表の審査裁決額欄記載の通り原処分の一部を取消す裁決をなした。

七、然しながら、被告の右処分(以下「本件処分」という。)は訴外会社より原告が受領した六〇〇万円全額を権利金として認定した違法がある。

八、よつて、被告の本件処分中訴外会社よりの権利金収入のうち三〇〇万円をこえる部分の取消を求める。

(被告の認否および主張)

一、請求原因第一項のうち、原告が訴外会社に本件土地を転貸したことは認めるが、その余の事実は争う。請求原因第二ないし第六項は認める。第七項のうち、訴外会社より原告が受領した六〇〇万円を権利金と認定したことは認めるが、その余の事実は争う。

二、被告の本件処分には何らの違法も存しない。すなわち原告は、訴外会社より受領した六〇〇万円のうち三〇〇万円は敷金であると主張するが、右敷金三〇〇万円については次のような理由から、その実質は権利金であると認めて本件処分をなしたものである。

(一) 本件土地の転貸借契約書によれば、契約期問は六〇年という長期問であり、かつ右敷金三〇〇万円は当該契約時における地代月額六万七二〇〇円の四四・六カ月分に相当する。ところで、土地の賃貸借については、それが半永久的なものであること。借家の場合におけるが如き賃借人による用法違反(無断増改築等)の損害および滅失毀損に伴う修繕補修等の必要性がないことから、借地権の対価としての権利金の授受によつて充分に目的を達することができ、賃料債権権を担保する目的をもつ敷金の授受は不必要である。また、敷金の金額は社会慣習上通常賃料月額の三カ月分程度であることからみると、本件の如く四四・六カ月分という多額の敷金を授受するのは社会常識を逸脱した異常のものである。

(二) 本件の交渉にあたつた訴外会社取締役西川俊男は、契約時において授受する金額につき、原告は当初八〇〇~九〇〇万円を主張したか、訴外会社は本件土地の時価が当時坪当り一〇万円とみて転貸借であることを考え、金額のみ交渉の結果、終局において総額六〇〇万円となつたもので、権利金と敷金にわけることは原告から申し出た条件である旨述べている。

また、当時近傍類似の宅地の売買実例等も参酌すれば、本件土地の時価は坪当り一〇万円となるので、これを基準にして当該転貸借にかかる権利金相当額を算定すると次のとおりとなる。

本件土地の坪数は二五二坪であるから土地の価額は

(1坪当りの更地価額) (更地の価額)

10万円×252(坪)=2520万円

右更地の価額から転貸借による借地権の価額を算出すると

(更地の価額) (借地権割合) (借地権価額)

2520万円×50%=1260万円

(借地権価額) (借地権割合) (転借地権価額)

1260万円×50%=630万円

右の算式により六三〇万円となる。

なお、本件土地の借地権割合については更地価額の五〇パーセント程度と見込まれ、転貸借の場合にあつては、更に借地権価額に当該借地権割合を乗じて計算する方法がとられているのか取引界の実情であり、国税庁の相続税財産評価通達もこれによつているので、これを参考として右計算を行つた。

従つて、訴外会社か原告から取得した転借権相当額は六三〇万円と推定できることから、訴外会社は原告に対し六〇〇万円の権利金を支払つたとしても何ら不合理でないばかりか、「交渉の結果終局的において総額六〇〇万円となつた」との西川取締役の前記申立はこの点からも容易に首肯しうるところであつて、六〇〇万円を権利金、敷金に等分に分割しなければならない理由は些かも存在しない。

(三) 更に、訴外会社は経理面において右金額を敷金としてではなく権利金として表示していることから、訴外会社は地代のほか六〇〇万円の権利金支出によつて本件土地の転借を意図したのであつて、そのうち三〇〇万円が転貸借の期間満了または解約の後返済されることを期待していたとは認められない。すなわち

(1) 訴外会社が原告に支払つた六〇〇万円の経理上の取扱を訴外会社から訴外四税務署長へ提出された昭和三七年一月三一日付「所得金額、法人税額の確定申告書(昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの事業年度分)」について検討したところ、昭和三六年一一月三〇日現在の貸借対照表資産の部Ⅱ固定資産(2)無形固定資産1借地権欄には黒川店分として六五〇万円が計上されている。右金額は、原告に支払つた六〇〇万円と本件転貸借契約に際し不動産仲介業者に支払つた五〇万円計六五〇万円に外ならないのであつて、結局訴外会社は六〇〇万円全額を転借に要した権利金として経理したわけである。

また、訴外会社は、その当該事業年分の決算報告書上六〇〇万円を一括して借地権勘定に計上しているのみならず、訴外中川税務署長に提出された訴外会社の第一八期決算報告書上も同様に計上されている。

(2) 板に原告主張の如くであれば、右敷金三〇〇万円については無形固定資産(借地権)の科目に含めることなく、投 資(例えば保証金)の科目に計上すべきところである。すなわち、財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則取扱要領の第七八によれば、いわゆる敷金等のうち当該契約解除の際に返還されるものは規則第三一条の投資に属するものとするとされている。現に訴外会社においても、同年あるいは翌年以降他の類似賃貸借契約にかかる支出金で返還をうける金額については、保証金科目をもつて経理しているのであつて、本件についてのみ敷金であるにかかわらず、権利金科目に計上することは考えられないところである。

三、以上被告主張の事実等を総合検討すれば明らかな如く、本件土地転貸借契約書における敷金三〇〇万円の表示は全く真実に反し唯原告の課税上の考慮からかかる契約書を作成したにすぎないものと認められ、当事者の真意は六〇〇万円全額の返還を期待しないで授受した実質上の権利金であるというべきである。

(被告の主張に対する原告の反論)

被告は、契約期間が長期間であり、地代月額に対して敷金額の多いことを理由に敷金の法律上の性質を否定するが、これは全く理由がない。すなわち、敷金は、賃貸借終了際際延満賃料及び賃貸借終了後目的物の返還までの賃料相当損害賠償償務その他の賃貸借契約関係から生ずるすべての償務を担保する性質のものであり、特に本件の如く堅固な建物所有の目的をもつてなされた借地契約においては借地人の原状回復義務不履行によつて生ずることの予想される借地人の損害賠償義務を担保する点に重点があるから、地代月額に対し金額の多いことをもつて権利金であるとはいえない。

第三、証拠

原告代理人は、甲第一ないし第七号証を提出し、証人西川俊男の証言および原告本人尋問の結果を授用し、乙第一号証、第二号証の一、二の成立は不知、その余の乙号証の成立は認めると述べた。

被告指定代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証を提出し、証人井原光雄の証言を授用し、甲第一、第二号証の成立は不知、その余の甲号証の成立は認めると述べた。

理由

一、請求原因第二項ないし第六項記載の経緯で、原告主張の確定申告、更正処分、異議申立、棄却決定、再更正処分、みなす審査請求、その棄却の裁決、再々更正処分、みなす審査請求、再々更正処分を一部取消す裁決がそれぞれなされたこと、原告がその主張の日時本件土地を訴外会社に転貸したこと、その際六〇〇万円を訴外会社から受領したことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、右金員が権利金に該当するかにつき審按するに、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証、証人井原光雄の証言により成立を認める乙第一号証、証人西川俊男の証言により成立を認める同第二号証の一、二、成立に争いのない同第三、第四号証、証人井原光雄、同西川俊男(後記措信しない部分を除く。)の各証言によれば、昭和三六年三月ごろ訴外会社が名古屋市北区黒川方面に支店を設置すべく、その用地を物色していたところ、本件土地かその候補地に上がつたが、同会社は従来店舗を建設するについては必ずその敷地を買収しており、借地を利用したことがなかつたので本件土地が原告において他から賃借しているものであることを知り躊躇したが、原告の強い要請によつて本件土地を転借するに至つたこと、当初原告は訴外会社に対し本件転賃借につき授受する金額として八〇〇万円ないし九〇〇万円を要求していたか、訴外会社は本件土地の当時の時価が坪当り一〇万円であり転借地であることを考慮に入れ六〇〇万円位を相当と考えて交渉した結果、前記のように訴外会社から原告に六〇〇万円が支払われるに至つたこと、右交渉は専ら支払総額をいくばくとすべきかについてなされたものであり、これが六〇〇万円と決定された後において、原告の申入れにより三〇〇万円を権利金、三〇〇万円を敷金とすることになつたこと、本件土地の転貸借は鉄骨造堅固建物の所有を目的とし、その期間も六〇年の長期に亘るものであり、しかも本件土地の賃料は一カ月六万七二〇〇円であるから右敷金分とされた三〇〇万円は右賃料の約四四・六カ月分に該当すること、本件土地の本件転貸借当時の価格は坪当り一〇万円であるところ、愛知県における路線価地域以外の地域の坪当り時価八万円以上一二万円未満の土地の借地権の価格は右時価の五〇パーセントであること)転借権の価格は借地権の価格のさらに五〇パーセントである。)、従つてこれを基準にして本件土地転貸借にかかる権利金相当額を算定すると六三〇万円となること、一方訴外会社は訴外名古屋四税務署長に提出した本件転貸借の締結の時点を含む事業年度分の法人税の確定申告書添付の貸借対照表において、原告に支払つた六〇〇万円と本件転貸借を仲介した不動産業者に支払つた手数料五〇万円合計六五〇万円を資産の部Ⅱ固定資産(2)無形固定資産1借地権の科目に計上し、また、昭和四二年二月二〇日現在の第一八期決算報告書上も六五〇万円を右同様一括して借地権勘定に計上するなど、訴外会社は六〇〇万円全額を本件転借権取得に要した費用として経理しており、そのうち三〇〇万円につき将来返還を受くべきものとして処理してはいないことが認められ、右認定の事実関係によれば、右六〇〇万円の金員は、訴外会社が原告から本件転借権を取得するため原告に支払つた対価であつて、その契約上の用語にかかわらず、当事者間において将来訴外会社に返還することが期待されていないもの(いわゆる権利金)であると解するのを相当とする。証人西川俊男の証言により成立を認める甲第一、第二号証、同証人の証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する記載、供述は前顕証拠に対比しにわかに措信することができずず、他に右認定をくつかえすに足る証拠はない。してみれば、被告が、右六〇〇万円を全額権利金と認定したことには何らの違法はない。

三、よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 福富昌昭 裁判官 将積良子)

別表

課税処分表

〈省略〉

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